スーパー・ストロングマシーンが後楽園ホールで復活!
いても立ってもいられず、後楽園ホール大会に駆けつけた。
ストロングマシーン・J
正確に言うと、復活するのはスーパー・ストロングマシーンではなく、ストロングマシーンだ。
たしか初代のストロングマシーンに「スーパー」の文字がついたのは、将軍KYワカマツを裏切ってからの話。だから、KYワカマツと一緒にいる間は、スーパー・ストロングマシーンではなく、ストロングマシーンなのだろう。
もう一つ言えば、ストロングマシーン・Jと、最後に「J」がつく。
タッグを組んだ、ストロングマシーン・FとストロングマシーンGのFとGが、正体とされる選手の頭文字なところから推測するに、本名の頭文字が「J」なのかもしれない。
とにかく、昭和の新日本プロレスで猛威をふるった「マシーン」軍団が、平成が終わろとするこの時期に、ドラゴンゲート後楽園ホール大会にて復活。現在、ドラゴンゲートは、創立20周年記念の真っ最中だが、20年どころではないマシーン軍団の歴史を見せつけた。
機械になっていきたい
試合は、ストロングマシーン・Jが、スーパー・ストロングマシーンの得意技「魔神風車固め」を決めて、実力者揃いのドラゲー6人タッグマッチで勝利を決めた。
試合後、ストロングマシーン・Jは、このようにコメントを出した。
「父親みたいに偉大な、多くの人にあこがれられて、愛されるレスラーになって、多くの人に夢を与えられるような機械になりたい」
出典 デイリースポーツ
これはどう見ても継続参戦宣言だろう。リング、およびバックステージでは、次の参戦を明らかにしなかったが可能性は高い。では、いつ参戦するのだろうか?
鍵を握るのは、マネージャーを務めた将軍KYワカマツのスケジュール。マシーン軍団を名乗る以上、将軍KYワカマツ氏の存在は欠かせない。
しかし、将軍KYワカマツ氏は北海道在住の77歳。高齢なだけにドラゲーのシリーズに参戦は難しい。
となると、ドラゲーが北海道に行ったときだけ参戦、もしくは大きな大会のときだけのスポット参戦となる可能性が高い。
令和はストロング・マシーンの時代
デビュー戦を見た限り、堂々とした佇まいは新人とは思えないもの。経験を積めば、父親以上のプロレスラーになれそう。名前、バックボーンを考えても、いろいろな可能性を秘めている。
「令和はストロング・マシーンの時代になる」
試合後、将軍KYワカマツ氏の言葉だが、あながちデタラメにも聞こえない。
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