【馬場さん、三沢さんが泣いているぞ!】ヤジに対する違和感の正体

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【馬場さん、三沢さんが泣いているぞ!】ヤジに対する違和感の正体
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「馬場さんが泣いているぞ!」

「三沢さんが泣いているぞ!」

プロレスを見に行くと、このようなヤジを耳にすることがあります。

不甲斐ない試合を見たとき、今までとは違うことを始めようとしているとき、主に全日本プロレス系でこのヤジは使われます。

これを耳にするたび、私は違和感を感じるのです。

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違和感の正体

一般的に、誰かの名前を出して主張するという行為は、ほとんどがごまかしでしかありません。

例えば「Aを主張したいんだけど、ストレートに言うと、批判されるかもしれない。だから、Bさんが言ったことにして、Aの主張を正当化してしまおう」となります。

聞いた方も、最初は「なるほど!」と思いますが、なぜか違和感が残ります。

なぜでしょう?

答えは簡単、そもそもAという主張に、これっぽちも共感していないからです。

Bさんの名前を出されて、一時的に納得させられたような気になっているだけなのです。

日本の教育制度

これは、明治時代から受け継がれてきた日本の教育制度に要因があります。

日本では、教室に座り、教科書を見ながら先生の言うことを聞くという教育制度が広く用いられてきました。

これって、合理的ではありますが、教科書に書いていることや先生の言うことを一方的に信じ込ませるようなもの。

「どうしてだろう?なぜだろう?」と疑い、自ら考える力が不足するようになります。

「偉い人が言っているから、そうなのかなー」と思い込み、そこで思考停止するからです。

インターネットで、どこぞの著名人が薦めているからって、どう考えても、怪しい痩せ薬なんかを買ってしまう人のほとんどが、こういう人です。

感性を大切にする

冒頭のヤジもよくよく考えると、馬場さんも三沢さんも泣いてなんかいるはずがありません。

たとえ泣いていたとしても、そんなもの誰にも分かりません。

ただ単に、言った人が自分の発言を正当化したいから、馬場さんや三沢さんの名前を騙っているだけ。

全部、自分勝手な自己主張です。

そんなヤジに心動かされ、モヤモヤするほど馬鹿げたことはないでしょう。

プロレスを見に行って、リング上で起こったことの是非を考えるのは全て自分。

考えて想像することこそがプロレスの楽しみ。

誰かの意見に惑わされて、プロレスに魅力が削がれるなんてナンセンス。

自分の感性を大切にしましょう。