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そのとき、時代が動いた?新日本・棚橋弘至の愛してますから10年後

      2016/09/11

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棚橋弘至の愛してますから10年!そのとき、時代は動いたのか?

時代が動いた瞬間というのは、ほとんどが動いたかどうかなんて分からないもの。

後になって振り返ったとき、時代が動いたのは「あのとき」なんだよなと感慨深く振り返るものなのです。

プロレス界にも様々な時代が動いた瞬間がありました。

そのとき、時代が動いた

今回はある一冊の書籍を紹介したいと思います。

この書籍では、時代ごとにプロレス界の時代が動いた瞬間を切り分けて掲載。

新日本プロレスでは、1970年代の藤波辰爾選手が世界王座を奪取したときや、長州力選手が噛ませ犬発言をしたときから、2010年代のオカダ・カズチカ選手のブーイングの中の挑戦表明や中邑真輔選手のWWE移籍まで紹介しています。

もちろん、全日本プロレス、UWF、FMWなどの時代が動いた瞬間も網羅。団体問わずあますことなく私たちの目の前につきつけていくのです。

中には実際にそのときに立ち会ったもの、プロレスの歴史でしか体験し得なかったものなど様々…。

数多くの「プロレスの時代が動いた瞬間」がおさめられていますが、中でも私が感慨深く感じたのは棚橋弘至選手のエピソードです。

迷走を続ける新日本プロレス

そのとき、新日本プロレスは迷走を続けていました。

ほんの10年ほど前のことではありますが、今からでは想像もできないような中途半端な格闘技路線に、大会直前でのドタキャンによるカード変更。

みんながプロレスを見たくて新日本プロレスに集まっているのに、プロレスを見られない…そのような状況だったように思います。

見にいったとしても、なんだか落ち着かないような興行の連発。多幸感という言葉がありますが、このときの新日本プロレスはそれとは遠く離れたものでしかありませんでした。

私も長くプロレスファンを続けていますが、このときばかりはプロレスから遠ざかっていたように思います。

そんなときに組まれたのが、2016年7月17日、北海道・月寒グリーンドームで行なわれたIWGPヘビー級王座決定トーナメント。

このトーナメント、毎年春に行なわれるNEW JAPAN CUP(ニュー ジャパン カップ)のように、王座に挑戦する選手を決めるトーナメントではなく、王座そのものを決定するためのトーナメントです。

勝ち上がった選手が即、IWGPヘビー級王座につくというヘンテコ試合形式が行なわれました。

ここにいたる経緯も、前王者であったブロック・レスナー選手が突然タイトルマッチをボイコットしたことによることが原因。突如空位になった王座を6人という中途半端あ人数でトーナメントが行なわれたのです。

結果から先に申し上げると、トーナメント決勝で当時のエース外国人であったジャイアント・バーナード選手を破り、初のIWGPヘビー級王座になったのが棚橋弘至選手でした。

愛してま~すの原点

このとき、いろいろな結果に納得しないファンに向かって放った言葉が「愛しています」のフレーズです。

当時の「愛してます」は今の「愛してま~す」のような絶叫型ではなく、力強く確信に満ちた「愛してます」でした。

感情表現の違いこそあれど、近年のプロレス界でもっとも有名なフレーズ「愛してま~す」が生まれた瞬間です。

そのとき、時代が動いたのか?

棚橋弘至選手が最初に「愛しています」と発言してから10年が過ぎようとしています。

そのとき、時代が動いたのか?

この記事の冒頭で、時代が動いた瞬間というのは、ほとんどが動いたかどうかなんて分からないものと記しました。

そろそろ、新日本プロレスの時代が動いた瞬間について、論じてみても良いのではないでしょうか。

最後までお読み頂きありがとうございます!

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