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アダルトコンテンツとプロレスに見る自由度という共通項

      2015/06/04

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ゴング 4号

アダルトコンテンツに見る、遊びの部分

ゴングに少しばかり異質な記事が掲載されていましたので紹介します。

「あの娘のドキュメント AV女優 江波りゅうのすべて」と題された記事ですが掲載されていますが、この作品を制作したのが、HMJMという制作会社。

昨今話題を呼んだ「プロレスキャノンボール」の元になった「テレクラキャノンボール」を作った会社でして、「つまらないAVは見たくない」をモットーとしており、ただのAVを良しとしない会社として知られています。

その一つが、今回紹介された「あの娘のドキュメント AV女優 江波りゅうのすべて」という作品で、このビデオでは、ミステリアスな江波りゅうさんの内面を探るための作品として制作されています。

成年向けページに飛びます「あの娘のドキュメント AV女優 江波りゅうのすべて」

それをゴングの中で紹介しようというのですから、このページが異質なのもうなずけます。

さて、記事中で気になったのが、下記の箇所。

AVにはいろんなジャンルがある。

それどころか、「セックスシーンさえ入っていればあとは何をやってもいい」という勢いで作られた、実験的な映像作品も多く存在し、その自由度はテレビなどとは比べ物にならない。プロレスと同じくらい「なんでもあり」なジャンルだと思う。

これは、AVだけでなく、アダルト要素を含む作品に顕著に現れていると思います。

昔でいう、アダルト雑誌なんか特にその傾向が強く、カラーページに数点のヌードグラビアがあれば、他のページは編集部の趣味による部分が強い。特にモノクロページなどは、ごくごく私的なことにページが使われるような雑誌も多く見られました。

ある一定のフォーマットを守っていれば、その他は比較的自由な要素が強かったのです。

たびたび、アダルトなコンテンツから先進的な文化が広がることも珍しくはありませんが、その理由の一つに自由度というのが少なからず貢献しているのは間違いないでしょう。

自由度なら、プロレスだって負けてはいない

さて、プロレスはどうだろう。

自由度で言えばプロレスだって負けていまいません。自由な理由は様々ですが、比較的顕著に見えるのが、下記の三点ではないでしょうか。

場所を選ばない

学校の体育館、パチンコの駐車場、商店街、山の中、工場内、電車の中などなど、最低限リングを置くところがあれば、いや、リングを置くところなどなくても、そこにプロレスラーが向き合えばプロレスは成立します。

プロレスには、場所がどこであろうとプロレス成立するという自由度を持っています。

何をやってもいい

ロックアップで始まってもよし。技を出しても出さなくてもよし、試合権利のない選手が加勢することもあるし、乱入なんてのも当たり前。5秒以内なら反則も認められているし、レフェリーが見ていなければ、反則だってお構いなし。

プロレスには、何をするかはプロレスラーのセンスに委ねられています。極端な話をすれば、プロレスラーがやること全てがプロレスだということです。

誰でもプロレスラーになれる

プロレスラー自体、定義がなければライセンスもないので、早い話、自称で名乗ってしまえばプロレスラー。プロレスラーが二人集ればプロレスとして成立します。

もちろん、一人でホウキや人形と闘ってもプロレスとして成立する。

プロレスは、誰でもプロレスラーたる自由度を持っているのです。

プロレスが洗練されていくと…

これら3つの要素をまとめて一言で表すと、下記のことが言えるのではないでしょうか。

誰がどこで何をやったとしてもプロレス

しかし、これでは、あまりに酷い結論。。。あまりに救いようがない。。。

改めて、プロレスとはいったい何なのだろうかと考えていると、誌面の隣に掲載されていた、DDTの男色ディーノ選手のコラムに鍵となる箇所があったので抜粋します。

「こんなのプロレスじゃない」という意見に対しては、そりゃまあ君が思うプロレスじゃないでしょうな、と思うだけなのよね。
べつにそこをすり合わせる必要もないし、かといって私から見て君が思うプロレスを否定する気もない。

(プロレスとして、)多少なりともニーズがある、ということは「プロレスではない」というのは当てはまらないわけで。
プロレスのビジネスとして成り立ってしまっているから。

結局のところ、これが結論。

つまり、リングのない場所でホウキと闘おうと、それがプロレスとしてニーズがあるのならば、それはプロレスということになります。

そこにニーズがあるのならばね。

最低限、プロレスとしてのニーズを得られるのならば、残りの部分は何を見せようと自由。

このあたり、プロレスが他のジャンルに比べて、極端に自由度が高い理由が隠れているのだと思います。

上記にあげたアダルト雑誌は、雑誌全般を覆う売り上げ不振の影響で、モノクロページを中心とした自由度の高いページが姿を消して久しい状況となっています。

インターネットで、誰もがアダルトなコンテンツをダイレクトにアクセスできるとあって、そういった趣味的要素の高い部分は不必要と判断されたのです。

昨今、プロレスにおいてもインターネットの波は確実にやってきています。

映像で、好きな試合の、好きな箇所だけを気軽に観ることも可能。

プロレスが洗練されていくにつれ、そういった自由度の高い部分も次第に削除されていくのでしょうか?

最後までお読み頂きありがとうございます!

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