史上最強のヒールレスラー、ダンプ松本:月刊サイゾー2015年3月号

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史上最強のヒールレスラー、ダンプ松本:月刊サイゾー2015年3月号

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史上最強のヒールレスラー、ダンプ松本

タブーなき雑誌「月刊サイゾー2015年3月号」に女子プロレス界のリビングレジェンドにして、そして史上最凶のヒールレスラーとして一斉を風靡したダンプ松本選手が登場しました。

ダンプ松本選手は、1980年に全日本女子プロレスでデビューし、1984年にヒール集団”極悪同盟”を結成。

長与千種さん、ライオネス飛鳥さんのタッグ”クラッシュギャルズ”と巻き起こした抗争は、大きな社会現象を巻き起こしました。

一旦は引退しましたが、2003年に、「女子プロレス界には本物のヒールが不在」という理由から、現役復帰を果たし、今なお一戦で活躍し続ける、伝説であり現役である女子プロレスラーです。

2014年10月には、女子プロレスの現状を伝えたドキュメンタリー「ザ・ノンフィクション~敵はリングの外にいた」が公開。

ダンプ松本選手は、「ザ・ノンフィクション」で、リング上で傍若無人に暴れる姿からは想像できないような不安や悩みを吐露し、大きな話題を呼びました。

技術の伝承が行なわれない女子プロレス界

「全日本女子プロレス中継」が地上波のゴールデンタイムで放送されていた1980年代を知るダンプ松本選手から見て、今の女子プロレス界はどのように見えるでしょうか?

今の子たちもがんばっているんだけど、「かわいそうだな」って思う。先輩レスラーは「すぐにやめちゃうから」って下の子を全然育てないし、(団体に所属しない)フリーの子も多いから、遊びやバイト感覚で続けていても、「プロレス最高!」っていう喜びにはつながらないんじゃないかな。

現在は、フリーの選手が急増しています。

プロレス界だけの現象ではありませんが、後輩レスラーを育てる=自分達の稼ぎ場がなくなることを意味するため、安易には育てることができません。

元々プロレスラーは職人の世界であるため、習うより自分で学べという文化が存在しますが、それでも団体が団体として機能していたころは、先輩レスラーから後輩レスラーへと技術の伝承が行なわれていましたが、それも最近は希薄。

どのレスラーにせよ、生活が懸かっているので一概に誰が悪いとは言えませんが、それでも中堅層と呼ばれる20代後半のレスラーが次々と引退していく、女子プロレス界に違和感があります。

リアルな抗争が女子プロレス界を盛り上げた!

極悪同盟とクラッシュギャルズの抗争が頂点を極めていた頃、ダンプ松本さんは、つねに「どうしたら嫌われるか、どうしたら憎まれるか?」ばかりを考えていたと話します。

団体も、意図的に極悪同盟とクラッシュギャルズが憎み合うように仕向けるため、彼女達の抗争はよりリアルな抗争へと発展していきました。

当時、ダンプ松本選手は、全日本女子プロレスの会長に、「試合で相手が亡くなってしまったら、自分は刑務所に入らないとダメなのかな?」と相談していたと言いますから、その熱さに驚きます。

ただのリング上の抗争だけではなく、リアルな気持ちが表現されたからこそ、女子プロレス界が盛り上がったのだと思います。

最年長女子プロレスを目指して

今の目標は「最年長女子プロレス」だと語るダンプ松本選手。

既に現役の女子プロレスラーとしては最高齢ですが、世界に目を向けると、80歳を過ぎてなお現役女子プロレスラーとしてリングにあがったザ・ファビュラス・ムーラさんが存在します。

ダンプ松本選手がザ・ファビュラス・ムーラさんの記録に並ぶためには、まだ25年以上の歳月が必要です。

女子プロレス界のみならず、プロレス界発展のために、プロレスブームを知るダンプ松本さんの活躍は不可欠です。

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